NEMとカードソーティングによるユーザインタフェース変更後のユーザビリティの評価
奥野研究室 坂井勇太朗
継続的に保守運用されるサービスとなった昨今のソフトウェアは,サービスの改善や拡大を目的としてアップデートが頻繁に行われている.
そうしたアップデートによってユーザが影響を受けることの一つにユーザインタフェース(以下,UIとする)の変更がある.
これは,ユーザが新機能にアクセスできるよう導線を追加したり,ソフトウェア全体のデザインを一新したりする際などに行われる.
また,ユーザビリティの向上や新機能の追加に伴うソフトウェア内の機能階層の変更を目的として行われることもある.
サービスとなったソフトウェアの発展や改善のためにUIの変更は避けられない.
その一方で,UIが変更された後のソフトウェアにユーザが適応することに失敗すると,かえってユーザ体験の質やユーザビリティの低下を招くこととなる.
UI変更が行われるたびにこのような事態が繰り返し発生すると,UI変更に対してネガティブな印象を持たれかねない.
もはや,現時点ですでにそのような印象がユーザの間で浸透している可能性が高いだろう.
この状況がさらに悪化すれば,UI変更に対するユーザの反発が今後のソフトウェアの発展の弊害になる恐れがある.
そのため,ソフトウェアの設計者や開発者にはUI変更を行った際のユーザへの負荷とユーザビリティへの影響を考慮することが求められる.
本研究では,ソフトウェアのUI変更により発生したユーザビリティへの影響を定量的に検証することを試みた.
具体的には,UI変更前のソフトウェアに慣れているユーザが,UI変更後のソフトウェアを慣れていない状態で使用した際のユーザビリティの変化を定量的に分析した.
そのために,ユーザのメンタルモデルを測るカードソーティングと,実際の操作時間からユーザビリティを測るNEMを用いてUI変更前と変更後のソフトウェアのユーザビリティを測定した.
そして,得られたデータからUIの各変更点の特徴毎にユーザビリティの変化を分析した.その結果から,最終的にユーザビリティの低下を招きやすいUI変更の特徴を見出すことを目的とした.
本研究では,ソフトウェアのユーザビリティを測定及び評価するための手法として,NEMとカードソーティングを用いた.
Novice Expert ratio Method(以降,NEMとする)は,ソフトウェアの設計者と一般ユーザが同一の操作を行い,一般ユーザと設計者それぞれによる操作時間の比を,ユーザビリティを示す値として相対的に表す手法である.
評価対象のソフトウェアの設計者と一般ユーザのそれぞれのグループで,一連の操作課題における操作時間を一人ひとり計測して平均値を求める.
次に,設計者の平均値に対する一般ユーザの平均値の比を求める.この比を「 NE 比」と呼ぶ.NE 比は「一般ユーザの平均操作時間 / 設計者の平均操作時間」で求められる.
ここで,一般ユーザの操作時間は設計者よりも長いことを前提とすることから,NE比は1以上となる.そして,タスクごとのNE比をグラフ化して比較することで,他のタスクよりNE比が大きいタスクにユーザビリティ及び設計上の問題があると考えることができる.
カードソーティングは機能項目などが記されたカードを被験者が納得できる基準でグループ分けするUXリサーチ手法である.これは,ユーザにあるシステムの一連の機能が個別に書かれた複数のカードを渡し,ユーザが自由にカードのグループを生成して分類していき,それらのグループに任意に名前を付けていくことができるという方法である.この手法により,ターゲットとなるユーザのメンタルモデルが明らかになり,ユーザの期待に沿った情報アーキテクチャを構築することができるといわれている.
本研究では UI 変更前と変更後のユーザビリティを分析するために,実際にソフトウェアを操作してもらう実験および,ユーザビリティとメンタルモデルの関連性を調べるためにカードソーティング課題に取り組んでもらう実験を行った.実験では,被験者にWindows 10とWindows 11で一連の操作タスクを実行してもらい,その操作時間を測定した.また,実際の機能項目が記されたカードを用いてカードソーティング課題に取り組んでもらった.なお,実験はすべてオンラインで各種ツールを用いて行った.
実験の結果から各種分析を行ったところ,ユーザビリティの悪化がみられたUI変更点の特徴は以下の通りとなった.
• 機能などの項目を他の項目の中に小項目として移動させる
• 項目を全く別のグループに移籍させる
• 見た目だけを大幅に変える
• ボタンなどを別の画面領域に移動させる
これらの変更はユーザによる評価も低くなる場合があることもアンケートによる評価によって分かった.こうした変更を行う際は設計段階から慎重に検討するべきであるといえる.場合によっては,大規模な変更はせずに現状のUIの形を流用できないかどうかも検討するべきである.また,これらのUI変更を行った後には,この変更についてユーザへの説明を明確にすること,ユーザからのフィードバックを積極的に取り入れることが重要となるだろう.
これらはあくまでもWindows 10とWindows 11をサンプルとして評価を行った場合の結果であること,すべてのUI変更の特徴を網羅していないことに留意する必要があるが,本研究がUI変更についての知見の一部となることを願う.